それは白昼堂々の襲撃だった。
後方から魔光弾が乱射され、鱗で反射しきれず前腕の関節部に着弾する。
一瞬ジリ、と毛皮が焼ける音がしたが、体勢を立て直して口腔内に魔力を集中させると、それを狩猟者に向けて吐き出した。
希少な己の種族に誇りはあるが、こうも血肉目当ての賊に狙われるとほとほと参ってしまう。
追手の鳥獣種に目をやる。
いくらか散らしたがやはり数が多い。集団相手は少し面倒だ。
方向転換し彼らの懐に弾丸のような勢いで飛びこむ。
体の前面に攻撃を受けるが大した問題じゃない。
空ごと群れを引き裂く寸前に驚愕の目で見つめられた。突っ込んでくるとは思わなかったんだろう。
墜落する鳥獣種を横目に、もうこの森を住処にするのは得策ではないなと考えた。
拠点移動の為に森の上空を優雅に飛行する。
何の気なしに下を見ると90メートルほど離れた地上に、微かだが人間の後ろ姿が……
「__は?」
視界に入った瞬間、心臓が歪んだ。
__あれを失えば、生きていけないと理解した。
呼吸が苦しくなり、耳鳴りがする。全身が鉛のように重い。
落ちた。そう気づいた時には視界が反転していた。
地上へ近付くにつれ、先程までの衰弱の気配が図らずとも遠のいていく。
生存本能が墜落の直前、一度だけ翼の筋力を動かし羽ばたかせた。
地面と接触の瞬間、右翼から嫌な音が響く。
木々を折り、草花をすり潰していく。
2回ほど体がバウンドし、横に少し転がった後ようやく体が止まった。
全身が痛い。確実に骨は折れているし、内臓だって無事ではないかもしれない。
しかし、それよりも危機的なことがある。
空中にいたときより遥かにマシだが、それでも徐々に強くなる衰弱の気配。
薄れゆく意識の中、空中で見た少女を思い出す。
離れると、息ができない。
それを、この種は“番”と呼ぶ。
ふと、意識が浮上する。
理由は明白だ。番が近づいてきたのだ。
瞼を開けると夕焼け色に染まった木々や花々が見える。
それらを視界の端に映しつつ、俺はただ一点、番の気配が近付いてくる方向だけを見つめていた。
走って近寄りたい。顔を見たい。
心が浮足立って体を動かそうとするが力が全く入らない。
ただの外傷であればまだしも、番から何の意識もされていないという精神状況は、それだけで息が苦しかった。
かさり、と草が揺れ、番の姿が現れる。
透き通るような藍色の髪、毛皮の無い不思議な手足と、簡素な服飾に体内を流れる僅かな魔力。
草木に陰った森林の中で、身長160cmもないであろう繊細な生物を見た。
風上から彼女を通して風が吹き、澄んだ匂いが鼻腔をくすぐる。
彼女が一歩足を踏み出す。
陰で隠れていた顔が露わになり、金色の瞳がこちらに向けられている。
番の顔を脳に焼き付けるように見つめる。
近付いてくれた喜びと愛おしさに、脱力した尾が動きそうになった。
その瞬間。彼女は手持ちの手提げ籠に手を入れると__
謎の青いキノコを俺に投げつけてきた。
番から向けられた突然のキノコに困惑する。
理由を考える間もなく反射的に体を少し起こしたが、胞子を吸い込み急激な眠気が意識を攫う。
頭がぐらつく。傍に番がいるが体の制御が利かない。
(避けろ……!__)
暗転。訳も分からず本日二度目の暗闇が見えた。
もうわかった。いい加減学んだ。
番の近付く気配に意識が覚醒した。だが目は開けない。
彼女の視線を一身に受けながら、大きく一定の間隔で呼吸をするよう努めて意識する。
いわゆる寝たフリだ。
彼女が接近する。足音に合わせて心臓が跳ねる。
熱い視線を肌で感じながら、決して目は開けまいと耐えた。
また逃げられては堪らない。
ただでさえ好感度が低いのだ、これ以上離れたら、体がもたない。
__この種にとって、その距離は致命的だ。
そんなことを考えていると不意に毛皮を掴まれる感覚がした。
小さな番がゆっくりと上によじ登っていく。
待て、待て待て! 落ちたらどうするんだ? 危険じゃないか……!
もちろん落ちたら怯えられることを覚悟して受け止めに行くつもりだ。
そんな心配をよそに、無事に到達したらしい重みを背中に感じる。
心の中で安堵のため息が漏れた。
何をするつもりなのかと不安と緊張で心がざわつく。
突然右翼に冷たい液体がかけられる感覚がした。
驚きで思わず唸ってしまった。
すまない。お前に唸ったわけじゃないんだ、怖がらないでくれ……。
必死に寝たフリを続行すると、また背中の小さな重みが動き始める。
視覚情報が全く無いが、治療を試みているのだろうか?
外気に晒された傷に、何かを塗られて覆われていくのが分かる。
時折番が離れて心臓が掴まれるような感覚になるが、戻っては来るらしい。
草を踏む音が聞こえる。その音が目の前で止まる。
至近距離に彼女の気配を感じる。口元の体毛が彼女に当たる。
心臓が破裂しそうだ。番をもう一度、もう一度だけ見たい。
少しぐらい……本当に少し、ほんの少しだ。
ゆっくりと、ほんの一瞬だけ、見るだけだ。と自分に甘いことを言って目を開く。
昨日見た愛おしい姿の番が、そこにいた。
息を飲みそうになってこらえる。
彼女は自分よりもさらに上を見るように顔を上げているが、自分は彼女から目を離せなかった。
彼女が何を見ているかより、彼女だけが最優先だった。
金色の瞳が視線を下げる。
動きがスローモーションに見える。
「……」
「……」
目が、合った。
ぱたりと彼女の手から布が滑り落ちる。その布が地面にゆっくりと着地した。
血痕が付いているところから、治療の痕が伺える。
「あーーーーーーーーっ!!」
番の悲鳴に脳が警鐘を鳴らす。
無事を確認するため目線を彼女へ向けた。
信じられないものを見るかのような目で見られる。まずい。
彼女が後退る。呼吸が乱れる。喉の奥で何かが軋む。
もう完全にパニックだ。どう考えてもこれは嫌われている。
瞬間、鼻が何かで塞がれて空気が吸えず、喉から潰れた声が漏れた。
頭が冷えた。はっとして遮断していた視覚情報を脳に入れる。
先程まで目の前にいたはずの彼女の背中が小さく見える。
1メートル、2メートル、3メートル……
……まずい。あいつは俺を警戒している。
距離は、まだ大したことはない。それでも息が重い。
離れるな__と、胸の奥が軋む。
無理に追うな__と、理性が押し返す。
一歩、また一歩。距離が開くたびに、呼吸が乱れる。
……これ以上離れたら保たない。
それだけは、体が理解していた。
理解していたから、気付けば俺は彼女の後を追っていた。
怖がらせないよう接触を試みる。
__“番”を探す赤い瞳が、夕闇の中で揺れていた。